私は災害の中で神の義なる性情を目の当たりにしました

あの日は朝から雨が降り始めました。私は雨がどんどん激しくなる間、兄弟宅で行われた集会に参加しました。午後になるまでには、雨がまるで天から直接振ってきているかのように強くなっていました。集会が終わる頃には雨が兄弟の中庭に入り込んでいましたが、私は自分の家族が心配になったので、苦労しながら家路に着きました。帰り路の途中で非難しようとしていた人達が私に、「あなたは非難しないのですか?未だに家に帰ろうとしているのですか?」と言うのです。帰宅した時、私の子供がこう言いました。「洪水に流されずに済んだの?」その時初めて、私は心に神を抱けていないことを知ったのです。その後すぐに、近所に住む姉妹の旦那が屋根によじ登り、私達の家からそう遠くない家々が流されているのを目撃したのです。水流は増々強さを増していき、この姉妹の旦那は自分達の子供達を山に連れていくように求めたのですが、彼女は行こうとしませんでした。私達姉妹数人は、この姉妹の旦那がこう言うのは神の御心が込められているからなのではないかと話し合いました。そうして、私達は彼の後を付いて山の頂上にある鐡道施設まで行き、そこで夜を過ごしました。そこで、私達は災害から非難してきた人達に洪水がどれだけ荒れていたかや、人々があちこちに散らばって逃げて行ったことを聞きました。屋根に上った人や、流されてしまった人、木によって流されずに済んだ人などがいたそうです…

翌日、私はある姉妹に会いに行きました。彼女の家は川岸にあり、家の前には大きな道路があり、裏には川が流れていました。彼女の家は2つの洪水が丁度交わる所にあったのです。洪水が来た時、この姉妹は神に祈りを捧げ、神に頼りました。彼女が夜ぐっすりと寝ていた間に、洪水は彼女の家がある通りに建っていた全ての家を押し流してしまい、彼女の家ともう1つの家だけが無傷で済んでいたのです。私は神の御加護を受けていれば、心の中で安心していられるのだということを紛れもなく知りました。

ある姉妹が一般業務の担当者である助祭と私を探しに来て、私達は教会の所有物を置いてある家の様子を確認しに行きました。洪水は橋と道路を押し流してしまっていたので、私達は遠回りをしてそこに行くしかありませんでした。その道中、地滑りと土石流が起り「荒れ果てた村」を見るのは本当に悲惨な光景でした。洪水の打撃はあちこちに見られました。私達はここに沿って歩き辺りを見渡していると、兄弟姉妹達数人の家が流されてしまった場所を目にしましたが、他の家はいくつかそのままの場所に残っていました。そのままの場所に残っていた家は全てがそれぞれの本分を尽くした兄弟姉妹達の家だったのです。これは人々が神を信仰していても、真理を求めて自分の本分を尽くしている場合に限って神の御加護を授かることが出来て、災害を生き残ることが出来るという事を物語っていました。ある村には家が2軒のみ残っていました。年配の兄弟の家と、もう1軒です。この年配の兄弟は洪水が近づいてきたのを見た時、自分の家がそれに押し倒されてしまうと思い、「神様!私の神の言葉の書籍が家の中にあります!」と山の頂上から大声で2回叫んだのです。彼はその時、洪水が奇跡的に彼の家をそのままに残して行ったのを目にした上、神の言葉の書籍もそのままの状態に維持されていたのです。ある姉妹は自宅を集会場としており、いつも積極的に自分の本分を尽くしていました。洪水は彼女の体全体を飲み込むようにして押し寄せましたが、彼女は無傷だったのです。洪水は彼女の子供を押し流してしまいましたが、彼は無信者につかまれ、結局は流されずに済みました。年配の姉妹は、水がほぼドアに達しており、家から近くの野菜畑も既に流されてしまっているのを見ました。そして彼女は神に祈りを捧げると、長年持ちこたえていたダムを打ち壊した洪水が方向を変えて、彼女の家をそのまま残して行ったのです。真理を求めていなかった姉妹が2人いたのですが、洪水は2人の家をそのまま残して行ったものの、中庭は押し流されていました。ある姉妹は受け入れ業務の折り合いをつけることが出来ず、彼女の家族は自宅を改修する必要があると言って兄弟姉妹達を追い出してしまったのです。彼女の神の言葉の書籍は全て流されて行ってしまいました。他には、自分の本分を尽くしてはいたものの、「実はやりたくないんです」と言っていた姉妹がいました。災害の最中、彼女は洪水に包み込まれ、泥石に飲み込まれた上、石が彼女の腸に穴を開けてしまったのです。彼女が大声で何度も神に助けを求めた結果、洪水は彼女を大きな木に向って流し、彼女はそこで止まり、いのちを救われたのでした。しかし彼女の傷は感染を起こしたので、又しても手術を受けるはめとなりました。他にも好き放題に振る舞う兄弟がいたのですが、彼は家で何かする事がある度に、自分の本分を尽くすことを放棄していました。災害発生時、この兄弟は一番辛い思いをしました。洪水が彼の家2軒を押し流してしまい、居住不可能な部屋を2つだけ残して行ったのです。神の言葉の書籍は一冊も残っていませんでした。この兄弟はまた、これが神の愛であったことを知り、神を非難することはありませんでした。

これは神の御言葉からなる讃美歌「神が人類存在の唯一なる土台である」の歌詞です。「水が人間をそっくり呑み込むと、神は淀んだ水から救い出し、新たに生きる機会を与える。人間が生きる自信を失うと、死の瀬戸際から引き戻し、生きる勇気を与え、神を存在の基礎とするようにする。人間が神に不服従であるとき、神はその不服従の中で神を知るように仕向ける。人間の古い本質を考慮し、神の哀れみにより、人間を殺すよりは、悔い改めて新たに始めさせる。人間が飢饉に苦しむと、一息でも残っていれば、神は彼らを死から奪い、サタンの罠に陥らないようにする。何度、人々は神の手を見ただろう。何度、人々は神の親切な顔、笑顔を見、何度、神の威厳、神の憤りを見ただろう。人間は、けっして神を知らないのだが、神は彼らの欠点につけ込んで無用な厄介事を引き起こしはしない。人間の困難を経験したため、神は人間の弱点に同情する。人間の不服従、忘恩に対してだけ、神は程度に応じて罰を下す。」この災害の中で、私達は神の全能さと驚くべき御業を目にしました。それにより、私達がこれから歩んで行く道に対する確信がさらに強まりました。神が大きな御怒りを発せられた時、私達は害してはならない神の性情を目の当たりにしたのです。人々が反抗し、忘恩であるがために、神は人々に対し種々の程度に刑罰をお与えになられるのです。しかし、神は災害を御遣いになられることで私達に正気を取り戻させて下さっておられるのです。神は人々を殺されておられるわけではありません。むしろ、人々が悔い改め、再出発できるようにして下さっておられるのです。今回の災害で、私達は神の性情、愛、救いを見ることができ、そしてそれ以上に、神の全能さと支配力の両方を見ることができたのです。誠実に真理を求め、前向きに本分を尽くして神のために労力を費やす人々は神の御気遣いと御加護を受けられるのです。いいかげんで、不平をこぼしては、反抗もし、前向きに本分を尽くそうともせず、神のために労力を費やそうとしない人々はそれぞれがふさわしい天罰を被るのです。本分を尽くすことこそが私達を守ってくれるのです!それこそが私達に祝福をもたらすのです!私は、神がこの先の道において私達に委ねて下さることを成就することに熱心で、確信を持っていられるように、そして各本分において私達が最善を尽くせるように、神が私達に必要な信念、勇気、力、そして知恵をお与え下さることを祈っています。

私達は自分達の目で目撃したこの事実を語っていきたいと思います。神は私達が存在する唯一の土台なのです。この世界にある栄光、富、名誉、財産は全て流れ去る雲のようにはなかいものなのです。洪水に飲み込まれていった人のいのちはとても小さく弱いものでした。大金持ちや著名人ですら無力でした。私達が助けを求めた時、神のみが救いの手を差し伸べて下さり、神を心から信仰する人達だけを死の瀬戸際から引き戻すことが御出来になられたのです。兄弟姉妹の皆さん、神がお与え下さる本分をしっかりと認識してください。そして、終わりの日においては、完全に忠実となり、神の国に関する福音を広めるため、私達それぞれの力を捧げていきましょう。

李静(北京)

2012年8月7日

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